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大分地方裁判所 昭和55年(行ウ)2号 判決 1983年1月24日

原告 工藤武男

被告 別府市長 外一名

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告別府市長は、別紙目録記載の土地に開設を計画している別府市公設地方卸売市場の開設事業に関して、公金を支出し、契約を締結若しくは履行し、債務その他の義務を負担し、又は地方債起債手続をとつてはならない。

2  被告脇屋長可は、被告別府市長が前項の行為を行なつたときは、別府市に対し金五〇〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  本案前の申立

原告の訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別府市の住民であり、被告脇屋長可(以下「被告脇屋」という)は別府市長である。

2  被告別府市長(以下「被告市長」という)は、別府市の執行機関として、昭和五一年頃から、別紙目録記載の土地上に別府市公設地方卸売市場を開設する計画を立て、右計画を実行するため「昭和五五年度別府市地方卸売市場事業特別会計」と題する予算案を調製した。

したがつて、被告市長が右卸売市場開設事業のために公金を支出し、契約を締結もしくは履行し、債務その他の義務を負担し、または地方債起債手続を採ることが相当の確実さをもつて予測される。

3  原告は昭和五五年四月二一日別府市監査委員に対し、前記卸売市場開設計画(以下「本件市場開設計画」という)が後記の通り地方財政法、卸売市場法に反する違法なものであることを理由として、地方自治法二四二条一項に基づき、被告市長の右計画に基づく公金支出等前項記載の行為の差止の措置を求める監査請求を行なつた。

これに対し、別府市監査委員は同年六月一六日、右監査請求を棄却した。

4  本件市場開設計画及び右計画に基づく請求の趣旨記載の行為の違法性

(一) 地方財政法違反

(1) 本件市場開設計画においては、経常収入の算出の基礎となる市場取扱量を過大に見積つている。すなわち、市場取扱量は、供給対象人口×市場供給率×一人当たり需要量、として算出されるものであるところ、

<1> 本件計画では、目標年度(昭和六〇年度)の別府市人口を一五万五〇〇〇人、供給対象人口を二八万六〇〇〇人と仮定しているが、(イ) 昭和五五年五月一日現在の別府市人口は一三万四四〇三人であつて、昭和四五年の一四万五二六一人に比してむしろ減少(約七・五パーセント)しており、最近五年間の人口動向も横ばいないし微増にとどまつていることからみると、昭和五五年から同六〇年の間に約一五・三パーセントもの人口急増があるとは考えられないこと、(ロ) 別府市の観光客数も昭和五一年を頂点として、以後減少傾向が見られ、特に消費の中心となる宿泊客数にこの傾向が顕著なこと、(ハ) 本件市場の流通圏とされている別府市周辺地区は人口減少地区であること、以上の点にてらすと前記予測は明らかに過大であり、目標年度の人口は、甘くみても本件計画よりも一〇パーセント減の数値とすべきである。

<2> 生鮮食料品流通過程における卸売市場の地位は、一方で大手企業(特に大手スーパーマーケツト)等が生産者等と直接なす相対取引の増加、他方で生協活動等による産地直送取引の増加の中で、相対的に低下しており、今後この傾向は強まることが予測される。また、本件計画で供給対象地とされている別府市周辺地域は半農半漁の地域であつて、市場の地位は一層低い。したがつて、本件計画における市場供給率の予測値は過大であり、甘くみても計画より三パーセント減の数値とすべきである。

<3> 本件計画における昭和六〇年度の野菜、果実、水産物、花きの一人当たり需要量の予測値は、農林水産省食品流通局市場課監修「市場流通要覧」の試算に比して過大であり、また、総理府「家計調査」の消費量実数に比べると著しく過大である。したがつて、昭和六〇年度の一人当たり需要量については、甘くみても、野菜、花きについて各四パーセント、果実について一〇パーセント、水産物について二〇パーセントをそれぞれ減じた数値を予測値とすべきである。

以上の点を総合すると、昭和六〇年度における市場取扱量は市の計画に対し、野菜八四パーセント、果実七九パーセント、水産物七〇パーセント、花き八四パーセントの割合が最大限である。

さらに、本件市場計画では既存業者全員が統合のうえ入場することを前提に収入見込を立てているが、水産関係既存四社のうち、売上高の二〇%以上を占める株式会社別府中央魚市場は新市場に入場しない意向を明示しているから、水産物取扱高は計画のわずか五六パーセントにすぎないことになる。

本件市場の開設者である別府市は、昭和五七年度において約八六〇〇万の経常収入を見込んでいるが、右見込は前記のとおり過大なものであり、現実には、昭和六〇年度においてすら七〇〇〇万円以下にしか達しないことは確実である。

これに対し、経常支出は、本件計画では約七七〇〇万円(昭和五七年度)と予測されている。右予測の根拠は示されていないが、仮にこれを正しいと仮定しても、本件市場は経常収支で毎年七〇〇万円以上の赤字となることは明白である。しかも、これには市場開設のための借入金の金利は一切含まれていないのであるから、本件市場は構造的に赤字発生要因を有する。このような計画は、地方財政法二条、三条、四条に違反するものである。

(2) 本件計画によれば、地方債の起債により公営企業金融公庫から元利合計五五億円余の資金を借入れ、昭和五五年度から同七一年度にかけて返済することになつており、返済額は毎年二ないし四億円以上にものぼるが、前記のとおり市場事業の経常収支は赤字であることが確実であるから、右返済は一般会計からの繰入れに頼らざるを得ない。

別府市の経常収支比率は昭和五五年で一〇〇・二八であり、全国六四九市中六四五位と極端に悪く、またDESC(地方自治体の借金返済能力を示す指標)によつても全国の市の中で下位六番目にあり、既に著しい財政硬直化現象にある。したがつて、さらに右の如き莫大な固定費を負担することは、財政硬直化現象を危機的状況にまで高めるものであり、年度間の財政運営の考慮を定めた地方財政法四条の二に反する。

(3) 地方財政法六条は、公営企業経営の独立採算制の原則を定めており、一般会計から公営企業特別会計への繰出しは原則として禁じられており、同条に定める例外的な場合にのみ繰出しが認められている。右例外規定の運用につき、自治省は、「地方公営企業繰出金について(昭和四九年二月二二日自治企一第二七号各都道府県知事各指定都市市長宛自治省財政局長通知)」を示達し、卸売市場事業については、市場建設に伴う企業債の元金償還額の二分の一の範囲内に限つて一般会計からの繰出しを認めている。

右範囲内の繰出しであれば全て地方財政法六条に違反しないということはできないが、本件市場開設計画においては、前記のとおり、元金の二分の一はおろか、元利金のほとんど全額について一般会計からの繰出しに頼らざるを得ないのであつて、前記通知の基準にすら違反しており、明らかに地方財政法六条に反する。

(二) 卸売市場法違反

別府市の現卸売市場は、卸売市場吸引指数(青果一・七一八、水産物二・五一七)の示すとおり、別府市のみならず近隣地域にも商圏を確保し、十分にその機能を果たしている。現市場に施設の老朽狭隘化、駐車難等の問題点があるとしても、これらは現市場の改善整備の論拠となりえても、直ちに新市場開設の必要性に結びつくものではない。本件市場開設計画は、新市場開設の必要性について十分な検討が加えられないまま進められてきたものであるが、新市場開設にはかえつて、次のようなデメリツトが伴う。

(1) 入場業者の採算性の悪化

(2) 消費地の遠隔化、買参人の経費の増大

(3) 道路問題の未解決

(4) 買参人の生活問題、その補償

(5) 新市場予定地周辺住民の蒙る生活状況の悪化

(6) 現市場の閉鎖に伴う補償問題

(7) 市場に要する職員の人件費

(8) 市場事業の不採算に伴う売上手数料引上げ及び買参人の卸売業者に対する支払条件の引上げのおそれ

(9) 商品価格の高騰(少なくとも高値安定)

(10) 別府市に残された最後の海岸線である新市場予定地をこのように不必要な市場に使用することによる環境悪化、観光資源の喪失

結局、本件市場開設計画は別府市にとつて必要ないばかりかかえつて有害であり、生鮮食料品取引の適正化と生産及び流通の円滑化を阻害し、遂には国民生活の安定を阻害するものであり、卸売市場法一条に違反する。

(三) 被告市長は予算の調製及び執行を担当し、それについて一定の裁量権を有するが、この裁量権の範囲も法律の規定によつて当然に画される。本件市場開設計画は、誤つた資料と杜撰な見通しに基づく、市民にとつて不必要なものであり、地方財政法前記諸条及び卸売市場法一条に違反することが明白であるから、右裁量権の限界を踰越した違法なものである。

5  本件市場の建設費予定額は約四二億円であり、借入金金利を加えると約六四億円が新市場建設に投下される資本となるが、建設された市場施設は前記のとおり別府市にとつて不必要なものであり、これを他に転用することも不可能であるから、右投下資本全体が市の損害となる。さらに新市場は前記のように、毎年数百万円以上の経常損失を市に及ぼすことは確実であり、本件の計画が実行されてしまえば、市に右の如き回復困難な損害を生ずるおそれが強い。

6  被告脇屋は別府市長として本件市場開設計画を実行させつつあるが、前記のとおり、右計画は違法で、その実行によつて市に回復困難な損害を生じることは明らかである。市長としては、このような計画は直ちに中止すべき義務があり、もし、これを怠つて右計画実行のために公金支出等の行為を行なつたときは、故意または過失により市に前記損害を与える結果となるから、同被告は別府市に対して、右損害を賠償すべき責任がある。

7  よつて、原告は、地方自治法二四二条の二第一項一号、四号に基づき、被告市長に対し、本件市場開設のための公金支出等請求の趣旨第一項記載の行為の差止めを、被告脇屋に対し、同被告が別府市長として右行為を行なうことを条件として、別府市に代位して、前記損害の一部金五〇〇〇万円の支払を、それぞれ求める。

二  被告らの本案前の主張

1  請求の趣旨第一項の請求は、特定性を欠き不適法である。

地方自治法二四二条の二に定める住民訴訟制度の立法趣旨は、事務監査請求(同法一二条二項、七五条)のような地方公共団体の事務全般にわたつての見直しを意図するものではなく、財務会計上の具体的な違法行為を司法的に抑制し、地方公共団体の財政の公正な運営とその財産の保全を図ることにある。したがつて、本件訴訟において違法性の有無の判断の対象となる行為は、直接的には個々の具体的な公金支出行為等でなければならず、また、差止めの対象となる行為も個々具体的な公金支出行為等でなければならないのであり、ただ単に包括的、抽象的に本件市場開設計画に関する公金支出行為一般等について差止めを求めることは、地方自治法二四二条の二の趣旨に反するものである。

同条一項一号の差止め請求は、「当該行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に限る」ことが要求されているが、本件市場開設計画に関し今後予想される種々の公金支出行為、契約の締結もしくは履行行為の中には、別府市に回復の困難な損害を生ずるおそれのないものも十分考えられるのであるから、右要件の具備の有無を判断するためには個々具体的な各行為についての審理を要するのであり、そのためには原告の求める差止めの対象となる行為は当然に個々具体的に特定されなければならない。

しかるに、原告の求めているのは、別府市公設地方卸売市場の開設事業に関する公金支出行為等の包括的、抽象的な差止め請求であり、具体的な公金支出行為等の差止めの請求は全くなされていない。

よつて、右請求は却下されるべきである。

2  請求の趣旨第二項の請求は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償請求であるが、これは、地方公共団体の職員の違法行為によつて地方公共団体に損害を生じた場合に、地方公共団体が当該行為をした職員に対して請求権を有するとき、住民が地方公共団体に代位して請求するものである。したがつて、右請求は当然に地方公共団体に現実に損害が発生したことを要件とするものであると解すべきところ、原告の請求自体、現実に損害が発生していることを前提としていない。

仮に、現実に損害の発生していることが要件ではないとしても、原告の右請求は将来の給付の訴であり、将来の給付の訴は予めその請求をなす必要がある場合に限り認められるものである(民訴法二二六条)ところ、原告には被告脇屋に対して予め右請求をなす必要も実益もない。

よつて、原告の請求の趣旨第二項の請求も不適法であり、却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

同4(一)(1)のうち、本件計画において昭和六〇年度の別府市の人口を一五万五〇〇〇人、供給対象人口を二八万六〇〇〇人と仮定している事実、経常支出が約七七〇〇万円と予測されている事実は認め、その余の事実は争う。

同4(一)(2)、(3)の事実は争う。

同4(二)のうち、別府市の現卸売市場吸引指数が原告主張の数値であることは知らない。その余の事実は争う。

同4(三)、5、6の主張は争う。

2  地方財政法六条は「当該公営企業の性質上能率的な経営を行なつてもなおその経営に伴う収入のみをもつて充てることが客観的に困難であると認められる経費」については独立採算制の原則の例外として、一般会計からの繰入れを認めている。これは、もともと不採算となることが明らかでありながら、公営企業の公共性の見地から営業活動を行なわなければならない場合に必要となる経費については、当該企業に負担させることが困難であることから、例外として認められているものである。本件における地方債償還費についてはまさに右例外規定が適用される。

原告主張の局長通知は、最近における社会経済情勢の推移及び地方公営企業に対する毎年度の一般会計からの繰出しが多額になつている現状に鑑み、地方財政の健全な運営の見地から示達された指導上の指針ないし基準にすぎず、法的拘束力を有するものではない。

第三証拠<省略>

理由

一  被告らの本案前の主張について

1  被告市長は、原告の同被告に対する請求の趣旨第一項の請求は特定性を欠くから不適法である旨主張する。しかし、本件卸売市場開設計画を実行して卸売市場を開設することが違法であるならば、そのためにとられる公金支出等の財務会計上の行為もまた違法となるのであるから、本訴請求の趣旨第一項のように、右計画実行のための財務会計上の諸行為を行為の類型ごとに包括的に表示して差止め請求の対象としてもなんら請求の特定性に欠けるところはないと解すべきである。蓋し、地方自治法二四二条の二第一項一号の請求は、地方公共団体の長等について違法な公金支出等の行為のなされることが相当の確実さをもつて予測される場合に当該行為の事前の差止め請求を認めたものであるが、このような事前差止め請求にあつては、差止めの対象となる行為の特定には自ら限界があり、本件卸売市場開設計画のように、一の事業計画の実行として多数の行為が伴う場合にまで、より個別的、具体的な財務会計上の行為の特定を住民に求めるときは、事前の差止め請求は著しく困難となり、事実上住民訴訟の道を閉ざす結果となるのであり、他方、差止め請求の対象となる個々の具体的行為は基本となる計画自体によつて一応判別しうることとなるので、被告市長の防禦に支障をきたすこともないからである。

したがつて、被告市長の前記主張は失当である。

2  次に、被告脇屋は、原告の同被告に対する請求の趣旨第二項の請求は地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく地方公共団体の職員に対する損害賠償請求であるが、右規定は当該職員の違法行為によつて地方公共団体に現実に損害が発生したことを要件とするものであるところ、原告の前記請求は別府市に現実に損害が発生したことを前提としたものではなく、かつ、将来の給付の訴の要件も充たしていないから不適法である旨主張する。

しかしながら、地方公共団体の職員が違法な公金支出等の行為に及ぶことが相当な確実さをもつて予測される場合には、住民が予め地方公共団体に代位して当該職員に対して損害賠償の請求をすることは地方自治法二四二条の二第一項四号の排除するところではないと解されるところ、本件につき、被告脇屋が別府市長として請求の趣旨第一項記載の公金支出等の行為を行なうことが相当の確実さをもつて予想されることは当事者間に争いのないところであるから、右行為が行なわれることを条件とする将来の給付の訴である請求の趣旨第二項の請求は適法というべきであり、被告脇屋の前記主張は理由がない。

二  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件市場開設計画に基づいて卸売市場を開設することが違法であるか否かにつき、以下検討する。

1  成立に争いのない乙第一五号証、第一七、一八号証、第六〇号証、等一〇七号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和五四年度の本件市場開設計画において、用地取得及び市場施設建設に必要な資金約四二億円は国、県からの補助金及び約三四億円に上る地方債の起債によつて調達し、右地方債の元利金の償還は、その大半を一般会計からの繰入れによつて行なうものとされており、その後、事業計画の手直しにより総事業費は約三四億円に減少し、これに伴つて起債額も約二六億円となつたが、その元利金の償還は、やはり大半を一般会計からの繰入れに頼る予定であることが認められる。

2  原告は、右のように地方債の元利金の償還をもつぱら一般会計からの繰入れによつて行なうことは、公営企業の独立採算制の原則を定めた地方財政法六条に違反する旨主張するので、まずこの点につき考察する。

地方財政法六条は、公営企業のうち政令で定めるものについて、その経理は特別会計を設けて一般会計と区別して行ない、その経費は原則として企業の経営に伴う収入をもつて充てなければならないとして、独立採算制を経営の基本原則とすることとし、同法施行令一二条は、市場事業は地方財政法六条の適用を受ける公営企業と定めている。このように、地方公営企業において独立採算制の原則がとられているのは、公営企業が地方公共団体の他の事務と異なり、住民に提供する財貨、サービスの効果が特定の個人に帰属するものであることから、その経費は直接に財貨やサービスを受ける者が料金、使用料の形で負担することが衡平の原則に合致すること、事業の合理的経営の確保のためには独立採算制によつて公営企業の責任体制を明確にすることが望ましいと考えられること等によるものである。

しかし、公営企業も住民の福祉の増進を目的とする点においては地方公共団体の一般行政事務と異なるところはないから、営利性、採算制を第一とする民間企業と異なり、企業ベースにのらない活動でも公共性の見地から実施せざるを得ない場合もあり、また、本来一般行政事務に該当する活動をも事業の一環として行なうことも考えられる。このような場合には、受益者負担、独立採算制の原則を貫くことは困難であり、それ故、地方財政法六条は、公営企業の経費のうち、「その性質上当該公営企業の経営に伴う収入をもつて充てることが適当でない経費」及び「当該公営企業の性質上能率的経営を行なつてもなおその経営に伴う収入のみをもつて充てることが客観的に困難であると認められる経費」については独立採算制の原則の例外として、一般会計からの繰入れを認めているのである。

これを本件のごとき市場事業についてみると、地方公共団体が市場事業を公営企業として行なう目的は、生鮮食料品の流通の安定や価格の安定、食品衛生管理の徹底等による住民の福祉の向上にあることはいうまでもない。ただ、市場事業においては、企業活動により直接サービスの提供を受けるのは市場施設を使用する市場業者(卸売業者)であつて、地域住民は間接的にその利益を享受するという関係にあり、この点において、水道、ガス、電気、交通等、住民個々人に直接財貨やサービスを提供する他の公営企業と異なるのであるが、住民は実質的には受益者であるということができる。したがつて、独立採算制の原則、受益者負担の原則からすれば、提供される便益に対する受益者の負担は、本来、市場業者と地域住民がその受益の割合に応じて分担すべき筋合であるが、市場業者の受益の程度に応じた使用料の適正妥当な額を決定することは困難であるのみならず、地域住民の負担分を直接徴求することはできないから、形式的には市場業者から使用料として徴求するほかはない。しかしながら、本件のような莫大な市場施設建設費用についてまで、企業の採算性の見地から、市場業者から徴収した使用料をもつてこれに充てようとするときは、使用料は、非常に高額なものとならざるを得ず。市場業者の経営を圧迫し、経営悪化による生鮮食料品の安定供給の阻害、取引価格への転嫁等、かえつて前記の卸売市場事業の目的に背馳する結果を招来しかねないこととなる。このような市場事業の特質に鑑みると、地方債の償還費については、地方財政法六条に謂う「当該公営企業の性質上能率的経営を行なつてもなおその経営に伴う収入のみをもつて充てることが客観的に困難であると認められる経費」に該当すると解するのが相当である。

原告は、地方債の元利金のほとんど全額の償還を一般会計からの繰入れに依存することは、市場建設に伴う企業債の元金償還額の二分の一に限つて一般会計からの繰入れを認めている「地方公営企業繰出金について(昭和四九年二月二二日自治企一第二七号各都道府県知事各指定都市市長宛自治省財政局長通知)」にも反するものであり、地方財政法六条に違反することが明らかである旨主張する。しかし、右通知は、地方公営企業の経営の健全化、経営基盤の強化のために地方財政計画において計上される地方公営企業繰出金の基本的な考え方を示し、これに従つた繰出しに対しては地方交付税等において財政的援助を考慮するとして、一般会計から公営企業特別会計への繰出しについて望ましいと考えられる一応の基準を定めたものであつて、右基準を超える繰出しが行なわれたからといつて、直ちに地方財政法六条に違反するということはできない。

以上述べたところにより、市場事業におけす地方債償還経費は、同条の「当該企業の性質上能率的な経営を行なつてもなおその経営に伴う収入のみをもつて充てることが客観的に困難であると認められる経費」に該ると解するのが相当であるから、原告の地方財政法六条違反の主張は失当である。

3  次に、原告は、前記1認定のように地方債の償還の大半を一般会計からの繰入れに依存することは、既に財政硬直化現象にある別府市の財政を危機的状況に至らせるものであり、地方財政法四条の二に違反する旨主張する。

ところで、右規定は、地方公共団体の予算の編成、執行等において、翌年度以降における財政状況をも考慮して、その健全な運営をそこなわないようにしなければならないと定めているものであるが、地方公共団体の長は、予算の調製、執行等財政運営に関して裁量権を有するものと解される。したがつて地方公共団体の長が行なつた予算の調製、執行、あるいは支出増加の原因となる行為により、当該地方公共団体の財政状態が急激に悪化し、翌年度以降における財政運営が著しく困難になる等、地方公共団体の長が前記裁量権の範囲を逸脱したと認められない限り、地方財政法四条の二違反の問題は生じないものというべきである。

しかるところ、成立に争いのない甲第二九号証、第五七号証によれば、別府市の場合、財政状態の指標とされる経常収支比率が一〇〇・二八、DESCが〇・九四(いずれも昭和五五年度)で、全国の都市の中で下位から五、六番目に位置していることが認められ、別府市の財政状態が相当苦しい状態にあることは窺われるけれども、右事実から直ちに本件市場開設計画の実施に伴う地方債償還費の負担によつて同市の財政状態が急激に悪化して翌年度以降の財政運営が著しく困難になるとまで認めることはできず、他にこれを認め得る証拠はない。したがつて、本件市場開設計画に基づく卸売市場の開設が前記裁量権を逸脱したものということはできないから、原告の地方財政法四条の二違反の主張も理由がない。

4  次に、原告は、本件市場開設計画では収入算定の基礎となる市場取扱量を過大に見積つており、実際は、右計画による予想をはるかに下回る収入しかあげられないから経常収支は常に赤字となるので、右計画に基づく卸売市場の開設は地方財政法二条、三条、四条に違反すると主張する。

そこで、右主張につき検討するに、市場取扱量は、当該市場で取扱われる青果、水産物、花きの数量で、市場施設の規模を決定するための基礎となり、また、市場事業収入のうち取扱高使用料収入の予測の基礎となる数値であるところ、前掲乙第一五号証、成立に争いのない乙第一六号証、第二八号証、第四八号証、第六八号証及び弁論の全趣旨によれば、本件市場開設計画では、目標年度(昭和六〇年)の市場取扱量を予測するに当り、(1) 大分県企画総室の人口推計に従つて別府市及び新市場の供給対象地域となる周辺市町村の常住人口を、別府市総合基本計画(昭和五三年八月策定)に基づいて別府市の流動人口をそれぞれ推定し、その合計により供給対象人口を算定し、(2) 現市場の市場供給率を基礎として、新市場開設によつて供給体制が整備強化され、供給率が上昇すると予測して目標年度における市場供給率を推定し、(3) 「卸売市場の施設規模の算定基準について」(昭和五一年二月四日食品流通局長通達)に従つて、一人当たり粗食料をもつて一人当たり需要量とし、以上のように算定された供給対象人口、市増供給率、一人当たり需要量の数値を相乗して、目標年度における野菜、果物、水産物、花きの市場供給量を推計していることが認められる。

ところで、市場供給量のように、経済の全般的な動向その他さまざまな経済的、社会的要因により変動する数値につき将来の推移を予測することは非常に困難であるから、予測の方法あるいはその根拠となる資料が明らかに合理性を欠くものであると認められない限り、違法の問題を生じないと解するのが相当である。しかるところ、前記認定の市場供給率の予測については、当時の客観的な資料に基づき、一般に妥当とされる方法に従つて行なわれたものというべきであり、これにつき合理性を疑わせるに足る証拠は存しない。

したがつて、原告の地方財政法二ないし四条違反の主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

5  卸売市場法違反の主張について

原告は、本件市場開設計画に基づく卸売市場の開設が卸売市場法一条に違反する旨主張するが、同条は卸売市場法の目的を定めた規定であつて、卸売市場の開設、運営等につき開設者が守るべき具体的な準則を定め、あるいは開設者に何らかの義務を負わせるものではない。原告の主張は、本件市場計画に基づく新市場の開設が不必要であるばかりか、かえつて種々のデメリツトをもたらすもので、卸売市場の整備による住民の福祉の向上を目的とする同法の趣旨に反するものであるというにあると解されるが、これは結局のところ、卸売市場の整備に関する被告市長の政策決定自体をとらえて違法と主張するものである。しかしながらこのような政策の選択決定は被告市長の裁量権に属する事項であるから、同被告が裁量権の範囲を逸脱しない限り、政策の当否はともかく、違法の問題は生じないものと解するのが相当である。しかるところ、本件につき、被告市長が卸売市場の整備に関する政策を決定するにつき裁量権の範囲を逸脱した事実を認め得る証拠はないから、原告の前記主張もまた失当である。

三  結論

以上によれば、本件市場開設計画に基づく卸売市場開設のための、公金支出等は違法とはいえないから、原告の被告らに対する本件請求はいずれも理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野村利夫 永田誠一 山下郁夫)

別紙目録<省略>

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